105代 後奈良(ごなら)天皇
生没 1496年~1557年(享年62)
在位 1526年(31歳)~1557年(62歳)
室町時代
・父後柏原天皇が崩御。第二皇子の後奈良天皇が即位。
・応仁の乱の余波による財政難で、践祚(せんそ・先帝の没後に即位すること)の10年後にようやく即位の礼が行われた。これらの献金元は戦国大名だった。
・関東では今川氏、北条氏が勢力を増し下剋上の時代を迎えていた。
105代 後奈良(ごなら)天皇
生没 1496年~1557年(享年62)
在位 1526年(31歳)~1557年(62歳)
室町時代
・父後柏原天皇が崩御。第二皇子の後奈良天皇が即位。
・応仁の乱の余波による財政難で、践祚(せんそ・先帝の没後に即位すること)の10年後にようやく即位の礼が行われた。これらの献金元は戦国大名だった。
・関東では今川氏、北条氏が勢力を増し下剋上の時代を迎えていた。
104代 後柏原(ごかしわばら)天皇
生没 1464年~1526年(享年63)
在位 1500年(37歳)~1526年(63歳)
室町時代
・応仁の乱の余波に苦しむ。即位の礼の資金も集められず、即位式は22年後となった。
・そんな中でも後柏原天皇は儀式の再興などに力を尽くした。敬虔な仏教徒で民の平安を願って般若心経を写経したり、伊勢神宮で祈願したりしたという。
・「いたずらに寝る夜の夢をいさめてはここに鳴きうる鶏の声」
家集『柏玉集』
(メモ:二十四節気、七十二候「鶏始乳」和歌。)
103代 後土御門(ごつちみかど)天皇
生没 1442年~1500年(享年59)
在位 1464年(23歳)~1500年(59歳)
室町時代
・父・後花園天皇の譲位により即位。
・応仁の乱が勃発し(1467)巻き込まれていく。足利義政の室町第(むろまちだい)へと逃れた。室町幕府は衰退し戦後の乱世へ突入。
102代 後花園(ごはなぞの)天皇
生没 1419年~1470年(享年52)
在位 1428年(10歳)~1464年(46歳)
室町時代
・正長の土一揆(初の民衆蜂起)(1428)、嘉吉の乱(1441)(6代将軍義教の暗殺)など重大事件や災害が相次いだ。
・応仁の乱で山名宗全側(西軍)にも、細川勝元側(東軍)にも付かなかった。(石ノ森「日本の歴史」11巻p282)
101代 称光(しょうこう)天皇
生没 1401年~1428年(享年28)
在位 1412年(12歳)~1428年(28歳)
室町時代
・病弱で精神的な疾患を抱えていたといわれる
・父の後小松上皇と折り合いが悪く、出家しようとするも、4代将軍・足利義持の説得を受けて思いとどまる。
北朝6代/100代 後小松(ごこまつ)天皇
生没 1377年~1433年(享年57)
在位 1382年(6歳)~1412年(36歳)
室町時代
・父・後円融から譲位を受けて即位。
・南北朝合一が実現(1392)。南朝の後亀山天皇から三種の神器を受け継ぎ、皇統は統一された。
・足利義満が「治天の君(実権を持つ君主)」の権限を吸収したため、後小松天皇が実権を握ることはなかった。
・一休宗純は後小松天皇の庶子ではという説がある。
北朝5代 後円融(ごえんゆう)天皇
生没 1358年~1393年(享年36)
在位 1371年(14歳)~1382年(25歳)
南北朝時代
・後円融天皇と室町3代将軍・足利義満は同い年でいとこ同士。たびたび衝突した。
・後小松天皇に譲位したあとは院政をしいたが、公家衆は義満に従い、治天の君としての権力は有名無実であった。
北4代 後光厳(ごこうごん)天皇 在1352年~
生没 1338年~1374年(享年37)
在位 1352年(15歳)~1371年(34歳)
南北町時代
・室町幕府が出家予定だった後光厳天皇を擁立(北1光厳の第2皇子)し、北朝を再興した。
・南朝の攻勢が激しさを増し、美濃や近江への逃亡を余儀なくされる。
・1366年、室町幕府3代将軍・足利義満が後光厳天皇から「義満」の名を賜る。
・『竹取物語』の写しを書いたといわれる。これは現存する最古のもの。
北3代 崇光(すこう)天皇
生没 1334年~1398年(享年65)
在位 1348年(15歳)~1351年(18歳)
南北朝時代
・叔父の光明天皇の譲位を受け即位。しかし3年後、正平の一統がなり一時的に北朝が廃され、退位を余儀なくされる。
・1352年、北1光厳上皇、北2北明とともに南朝に賀名生に幽閉される。5年後帰京を許されたが子孫ともども皇位を望まないことを誓約させられた。
・琵琶や和琴、神楽などで才を発揮した。
北2代 光明(こうみょう)天皇 在1336年~
生没 1321年~1380年(享年60)
在位 1336年(16歳)~1348年(28歳)
南北朝時代
・足利尊氏に擁立される(1336)。三種の神器はなしで即位。
・禅に帰依し、僧侶・夢窓疎石(むそうそせき)に師事する一方、中世の天皇には珍しく合理的精神の持ち主で、療養のために当時タブーであった獣肉を食べることもあったという。
北1代 光厳(こうごん)天皇
生没 1313年~1364年(享年52)
在位 1331年(19歳)~1333年(21歳)
南北朝時代
・隠岐に流された後醍醐天皇に変わって室町幕府に擁立される。
・足利尊氏の挙兵に大義名分を与えた。
・南朝に連れ去られ、賀名生(あのう)(奈良県五條市)に幽閉された。
・帰京後出家して丹波の常照寺に隠棲した。
99代 後亀山(ごかめやま)天皇
生没 ?年~1424年
在位 1383年~1392年
南北朝時代
・対北朝強硬派の兄・長慶から譲位。北朝との和平を模索する。
・室町幕府側との折衝を続け、1392年、三種の神器を北朝に渡して、60年ぶりに南北朝の合一が成し遂げられた。
・出家し嵯峨大覚寺に住んだ。
98代 長慶(ちょうけい)天皇
生没 1343年~1394年(享年52)
在位 1368年(26歳)~1383年(41歳)
南北朝時代
・北朝に対して強固な態度で臨んだといわれる。父・後村上天皇の時代には、幕府との和平交渉もあったが、長慶天皇の治世中は一切なかった。
・『新葉和歌集』に50首以上入首。また『源氏物語』の注釈書『仙源抄(せんげんしょう)』を著した。
97代 後村上(ごむらかみ)天皇
生没 1328年~1368年(享年41)
在位 1339年(12歳)~1368年(41歳)
室町(南北朝)時代
・幼少から戦場に身を置き軍事的才能を磨く一方、学問にも長けた文武両道の帝王。
・義良(のりよし)親王時代、北畠顕家とともに奥州に下る。
・南北朝の動乱が始まると京に戻り幕府軍と戦う。
・吉野で即位。南朝は終始劣勢だったが、一時幕府側の内紛で北朝が廃され、後村上が唯一の天皇となった(正平の一統)
96代 後醍醐(ごだいご)天皇
生没 1288年~1339年(享年52)
在位 1318年(31歳)~1339年(52歳)
室町(南北朝)時代
・家柄にとらわれず有能な廷臣を重用し親政を推進した。
・倒幕をもくろみ笠置山で挙兵(1331)。失敗し隠岐に流されたが、各地の武士も反幕府に転じ、足利尊氏、新田義貞らの活躍で鎌倉幕府が滅亡。
・京に帰還した後醍醐天皇は「建武の新政」と呼ばれる政治改革を行うが、公家中心の政治で武士の反発を招き2年で崩壊。
・足利尊氏が室町幕府を開き、持明院統の光明天皇を擁立。後醍醐は三種の神器を携えて奈良・吉野へ下り、南北朝時代が幕を開ける。