15代 応神天皇(おうじんてんのう)
生没 200年~310年(享年111歳)
在位 270年~310年 71歳~111歳(在位40年)
弥生時代・神代
・母は神功皇后。
・多くの渡来人が来日
・百済の学者・王仁(わに)が儒教『論語』をもたらす。
・酒造・養蚕の技術も伝わる
15代 応神天皇(おうじんてんのう)
生没 200年~310年(享年111歳)
在位 270年~310年 71歳~111歳(在位40年)
弥生時代・神代
・母は神功皇后。
・多くの渡来人が来日
・百済の学者・王仁(わに)が儒教『論語』をもたらす。
・酒造・養蚕の技術も伝わる
16代 仁徳天皇(にんとくてんのう)
生没 257年~399年(享年143歳)
在位 313年~399年 57~143歳(在位86年)
古墳時代
・実在が確認できる最初の天皇と考えられている
・都を大和(奈良)から河内(大阪)へ移す
・高句麗の好太王碑文(こうたいおうひぶん)の朝鮮遠征は仁徳と考えられる。
・困窮する民を見て3年間免税。水害を防ぐため堤防を築くなど仁政をしく
・大仙陵古墳(堺市)は疑問視されている
17代 履中天皇(りちゅうてんのう)
生没 ?年~405年(享年?歳)
在位 400年~405年 ?~?歳(在位5年)
古墳時代
・16代仁徳天皇の第一皇子。
・都と地方で文書のやり取りをする国司を設置。
・『宋書』倭国伝の倭国王・讃(さん)と見なされている。
18代 反正天皇(はんぜいてんのう)
生没 ?年~410年(享年?歳)
在位 406年~410年 ?~?歳(在位5年)
古墳時代
・17代履中天皇の弟
・歯が健康だった
・『宋書』倭国伝の倭国王・珍(ちん)と見なされている。宋から「安東将軍(あんとんしょうぐん)」の称号を与えられていたか?
・丹比芝籬宮(たじひしばがきのみや)(大阪府松原市)を築く。
・在位5年は五穀豊穣、天下太平であったという。
19代 允恭天皇(いんぎょうてんのう)
生没 ?年~453年(享年?歳)
在位 406年~410年 ?~?歳(在位5年)
古墳時代
・18代反正天皇の弟
・『宋書』倭国伝の倭国王・済(せい)とみなされている。
・日本最古の温泉地・道後温泉に允恭天皇の兄の木梨軽皇子と妹が配流され心中したとされる。
20代 安康天皇(あんこうてんのう)
生没 401年~456年(享年56歳)
在位 453年~456年 53~56歳(在位4年)
古墳時代
・19代允恭天皇の第2皇子。
・都を大和石上(やまといそのかみ)に移した。
21代 雄略天皇(ゆうりゃくてんのう)
生没 418年~479年(享年62歳)
在位 456年~479年 39~62歳(在位23年)
古墳時代
・大泊瀬幼武尊(おおはつせわかたけるのみこと)。
・埼玉県・稲荷山古墳から出土した鉄剣に「獲加多支鹵大王(ワカタケルオオキミ)」とあり雄略天皇のこととされる。辛亥年(471年)。
また熊本県・江田船山古墳でも同様に獲加多支鹵(ワカタケル)大王の名前が刻まれた刀剣などが出土。これらはヤマト政権の支配が広く関東や九州にまで及んでいる証拠と見られる。
・『宋書』倭国伝の「安東大将軍・倭王武」とされる。
・万葉集の巻頭歌。「籠もよ み籠持ち(こもよ みこもち)・・」。若菜摘みの娘に名前を聞く(=妻問い)の歌。
・養蚕を奨励するなど国力の充実に努めた。
・鉄資源を求めて朝鮮半島へ遠征。
・20代安康天皇の弟。
・暴君としても知られる。
22代 清寧天皇(せいねいてんのう)
生没 444年~484年(享年41歳)
在位 480年~484年 37~41歳(在位5年)
古墳時代
・21代雄略天皇の皇子
・民を慈しんで善政を敷いたとされる。
・父が暗殺した履中天皇の子を播磨の国明石で見つけ、たいそう喜び宮中に迎え入れ跡継ぎにする意向を示した。
23代 顕宗天皇(けんぞうてんのう)
生没 450年~487年(享年38歳)
在位 485年~487年 36~38歳(在位3年)
古墳時代
・履中天皇の孫。
・兄弟が譲り合い、弟の弘計(おけ)が即位して顕宗天皇となった。
24代 仁賢天皇(にんけんてんのう)
生没 449年~498年(享年48歳)
在位 488年~498年 40~50歳(在位11年)
古墳時代
・24代顕宗天皇の兄。
・弟の顕宗天皇(弘計・おけ)が亡くなり、兄の億計(おけ)が即位、仁賢天皇となった。
・謙虚で温厚。父の仇である履中天皇の墓を、弟が破壊しようとしたのをなだめた。