32代 崇峻天皇(すしゅんてんのう)在587年~
生没 ?年~592年(享年?歳)
在位 587年(?歳)~592年(?歳)
古墳/飛鳥時代
・欽明天皇の第十二皇子、泊瀬部皇子(はつせべのみこ)。
・物部守屋は兄の穴穂部皇子を擁立しようとしていたが、蘇我馬子がこれを阻止し、穴穂部皇子を討った。
・さらに蘇我氏と物部氏が戦い、物部氏が敗れる(丁未(ていび)の乱・587年)。馬子が崇峻天皇を擁立。これ以降、仏教信仰が本格化する。
・実権は蘇我馬子が握っており、次第に崇峻天皇とは軋轢が生じ始めた。献上された猪を見て「(馬子の)首も猪のように落としたい」と語り、それを知った馬子に暗殺されたという。