88代 後嵯峨(ごさが)天皇(位1242-1246) – 天皇note

88代 後嵯峨(ごさが)天皇(位1242-1246)

88代 後嵯峨(ごさが)天皇

生没 1220年~1272年(享年53)
在位 1242年(23歳)~1246年(27歳)

鎌倉時代
・土御門天皇の第三皇子、邦仁親王。四条天皇の突然の崩御により即位。

・承久の乱に関係のなかった邦仁親王が幕府の意向により推された。

・鎌倉幕府と親密な関係を築き、後嵯峨帝の第1皇子の宗尊(むねたか)親王が初の宮将軍となる。

・院評定衆や院伝奏などの制度を整え、院政の制度化を進めた。

・2代(89後深草、90亀山)、26年にわたって院政をしいた。

・『続後撰和歌集(しょくごせんわかしゅう)』(小倉百人一首の第十番目の勅撰集)を編纂した。

 

88後嵯峨
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[大覚寺統]       [持明院統]
90亀山          89後深草
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91後宇多         92伏見
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96後醍醐 94後二条   95花園  93後伏見
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97後村上            |      |
|______        北2光明  北1光厳
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99後亀山 98長慶           |      |
_________________北4後光厳   北3崇光
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_________________北5後円融
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_________________100後小松