108代 後水尾(ごみずのお)天皇
生没 1596年~1680年(享年85)
在位 1611年(16歳)~1629年(34歳)
江戸時代
・徳川幕府の後押しで即位。
・「禁中並公家諸法度」(1615年)が制定され、幕府の厳しい監視下におかれる。元号の制定など朝廷固有の機能にも幕府の統制が及ぶようになる。
・父・107代後陽成天皇と同じく、江戸幕府に抵抗した。
・江戸幕府・2代将軍・徳川秀忠と江(ごう)(於江与/おえよ)との娘、徳川和子(まさこ)が入内する。(家康が考案。徳川家は全国支配を盤石にするため天皇家の権威が欲しかった。)
・「紫衣(しえ)事件」や、春日局の拝謁などをきっかけに、幕府との関係が悪化。後水尾天皇は独断で109代 明正天皇に譲位を強行した。
(※紫衣事件(1627年):天皇の特権であった紫衣の授与を、幕府が無効にした事件。)
後水尾天皇は、無位無冠の春日局(3代将軍 家光の乳母)に拝謁させられたのが屈辱的であったという。