tennounote01net – ページ 8 – 天皇note

111代 後西(ごさい)天皇(位1654-1663)

111代 後西(ごさい)天皇

生没 1637年~1685年(享年49)
在位 1654年(18歳)~1663年(27歳)

江戸時代

・108代後水尾天皇の第8皇子。

・後水尾天皇は、聡仁親王(112代霊元天皇)を後継ぎと決めていたため、成長するまでの中継ぎとして後西天皇が即位。そのような立場ながら、積極的に政務にあたった。

・書に長けており「禁裏御文庫(きんりごぶんこ)」(御所内の書庫)の整備など文化事業にも熱心であった。

・和歌を好み『後西院御集』など多数の和歌集を残す。

・書にも優れ、流麗で伸びやかな書風が特徴であった。ほかに茶道、華道、香道にも練達していた。

・江戸で明暦の大火(1657)、京都で地震など、厄災が続いた影響もあり譲位。

 

110代 後光明(ごこうみょう)天皇(位1643-1654)

110代 後光明(ごこうみょう)天皇

生没 1633年~1654年(享年22)
在位 1643年(11歳)~1654年(22歳)

江戸時代

・108代 後水尾天皇の第四皇子。異母姉の109代 明正天皇より譲位を受け、11歳で即位した。

・学問は漢学・漢詩(四書五経など儒学の教え)を好んだ。

・剣術にも長け、文武両道であった。

・幕府は、徳川3代家光・4代家綱の時代。

・20歳ごろから政務にも積極的に取り組むも、天然痘により22歳で急死。

 

 

109代 明正(めいしょう)天皇(位1627-1643)※

109代 明正(めいしょう)天皇

生没 1623年~1696年(享年74)
在位 1629年(7歳)~1643年(21歳)

江戸時代

・108代 後水尾天皇の第二皇女。明正天皇の母の徳川和子は、徳川2代将軍・秀忠の娘。

・859年ぶりの女帝であった。
(奈良時代の48代・称徳天皇(位764-770)以来)

・7歳で即位したため、後水尾上皇が実権を握る。

・母が徳川家ということもあり、徳川幕府との関係は安定し、穏やかなものであった。

・明正天皇は、手芸を好み、押し絵の作品が由緒の寺に伝わる。

・諡号は、奈良時代の女性天皇である43代 元明天皇の「明」と、44代 元正天皇の「正」を取って「明正」天皇となった。