2025年9月 – ページ 2 – 天皇note

106代 正親町(おおぎまち)天皇(位1557-1586)

106代 正親町(おおぎまち)天皇

生没 1517年~1593年(享年77)
在位 1557年(41歳)~1586年(77歳)

安土桃山時代

・父・105代後奈良天皇が崩御すると41歳で即位。

・即位式は毛利元就の献金による。(これにより元就は陸奥守に任じられる)。新興の武士勢力と連携して、朝廷の復権をはかった。

・織田信長の豊かな財力に助けられ、御所の修繕や、石清水八幡宮の造営なども行った。

・伊勢神宮の式年遷宮を123年ぶりに執り行った。

・正親町天皇は織田信長と本願寺との和解にも一役かった。

・正親町天皇の弟は天台座主・覚恕(かくじょ)。(信長による比叡山・延暦寺・焼き討ちは難を逃れた。)

 

105代 後奈良(ごなら)天皇(位1526-1557)

105代 後奈良(ごなら)天皇

生没 1496年~1557年(享年62)
在位 1526年(31歳)~1557年(62歳)

室町時代

・父・104代後柏原天皇が崩御。第二皇子の後奈良天皇が即位。

・応仁の乱の余波による財政難で、践祚(せんそ・先帝の没後に即位すること)の10年後にようやく即位の礼が行われた。

・これらの献金元は戦国大名だった。関東では今川氏、北条氏が勢力を増し、下剋上の時代を迎えていた。

104代 後柏原(ごかしわばら)天皇(位1500-1526)

104代 後柏原(ごかしわばら)天皇

生没 1464年~1526年(享年63)
在位 1500年(37歳)~1526年(63歳)

室町時代

・「応仁の乱」の余波に苦しむ。「即位の礼」の資金も集められず、即位式は22年後となった。(室町幕府10代将軍・足利義稙(よしたね)と、本願寺の実如(じつにょ)の献金による)

・そんな中でも後柏原天皇は儀式の再興などに力を尽くした。敬虔な仏教徒で民の平安を願って般若心経を写経したり、伊勢神宮で祈願したりしたという。

・「いたずらに 寝る夜の夢を いさめては ここに鳴きうる 鶏の声」
家集『柏玉集』(七十二候「鶏始乳」和歌

・宮中の歌会始め(新年の行事)が始まった。

 

103代 後土御門(ごつちみかど)天皇(位1464-1500)

103代 後土御門(ごつちみかど)天皇

生没 1442年~1500年(享年59)
在位 1464年(23歳)~1500年(59歳)

室町時代

・父・102代後花園天皇の譲位により即位。

・応仁の乱が勃発し(1467)巻き込まれていく。

・後土御門帝は、8代将軍・足利義政の室町第(むろまちだい)へと逃れた。以後、室町幕府は衰退し、戦後の乱世へと突入する。

・「大嘗祭」は1466年に行われたが、その後、221年に渡り中断となる。(復活したのは112代・霊元天皇の働きかけによる。1687年。)

 

102代 後花園(ごはなぞの)天皇(位1428-1464)

102代 後花園(ごはなぞの)天皇

生没 1419年~1470年(享年52)
在位 1428年(10歳)~1464年(46歳)

室町時代

・10歳で即位。最初の数年は100代 後小松上皇が院政を行った。

・「正長の土一揆(1428)」(初の民衆蜂起)や、「嘉吉の乱(6代室町将軍・足利義教の暗殺)」(1441)など、重大事件や災害が相次いだ。

・8代室町将軍・足利義政の贅沢を戒める詩を作るなどして、「近来の聖主」と称えられた。

・後花園天皇は、「応仁の乱」で山名宗全側(西軍)にも、細川勝元側(東軍)にも付かなかった。(『日本の歴史』石ノ森章太郎 11巻p282)

責任は自身の不徳にあるとして出家した。

 

101代 称光(しょうこう)天皇(位1412-1428)

101代 称光(しょうこう)天皇

生没 1401年~1428年(享年28)
在位 1412年(12歳)~1428年(28歳)

室町時代

・100代 後小松天皇の第一皇子で、12歳で即位。

・病弱で精神的な疾患を抱えていたといわれる。

・父の100代後小松上皇と折り合いが悪く、出家しようとするも、4代将軍・足利義持の説得を受けて、思いとどまる。