平安 – ページ 4 – 天皇note

73代 堀河(ほりかわ)天皇(位1086-1107)

73代 堀河(ほりかわ)天皇

生没 1079年~1107年(享年29)
在位 1086年(8歳)~1107年(29歳)

平安時代

・72代白河天皇の第二皇子、善仁(たるひと)親王。

・父・白河天皇の譲位を受けて8歳で即位。白河院政の傀儡であった。

・音楽を愛好し、笛の名手でもあった。『懐竹抄(かいちくしょう)』には、堀河帝が夜通し笛を吹いたという逸話が残されている。

・『讃岐典侍日記(さぬきのすけにっき)』は、堀河天皇に仕えた讃岐典侍(藤原長子)による日記文学。堀河天皇のことが多く描かれている。

 

72白河
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73堀河
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74鳥羽
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76近衛    77後白河    75崇徳

 

72代 白河(しらかわ)天皇(位1072-1086)

72代 白河(しらかわ)天皇

生没 1053年~1129年(享年77)
在位 1072年(20歳)~1086年(34歳)

平安時代

・71代後三条天皇の第一皇子、貞仁(さだひと)親王。

・15年に及ぶ親政を行い、退位後も上皇として40年以上の「院政」を行う。(73堀河、74鳥羽、75崇徳まで)。

・「院政」という新たな政治形態を生み出した。藤原氏による摂関政治では天皇の母系が権力を握っていたが、院政では天皇の父系に移った。

・父の後三条天皇が藤原氏から離れて政治を行ない、白河天皇はさらに勢いに乗じて自由に政治の実権を振るった。

・「北面の武士(直属軍)」を設置。有力寺社の強訴に対応した。

・「賀茂川の水、双六の賽、山法師」だけは思い通りにならないと言った。

・「法勝寺(ほっしょうじ)」を建立(八角九重の塔)。

 

72白河
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73堀河
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74鳥羽
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76近衛    77後白河    75崇徳

 

71代 後三条(ごさんじょう)天皇(位1068-1072)

71代 後三条(ごさんじょう)天皇

生没 1034年~1073年(享年40)
在位 1068年(35歳)~1072年(39歳)

平安時代

・後朱雀天皇の第二皇子、尊仁(たかひと)親王。

・関白・藤原頼通と婚戚関係を持っていないため冷遇されていたが、兄の後冷泉帝(70代)の崩御により、35歳で即位。

・宇多天皇(59代)以来、170年ぶりに藤原氏を外戚としない天皇となった。摂関家に気兼ねなく大胆な改革で、親政を行なった。

・「延久の荘園整理令」を発布(1069)。令外官の一つ「記録所(記録荘園券契所)」を設け、摂関家領も含め、荘園を厳しく審査・没収し、国家財政の強化を目指した。→藤原氏の財源減で、藤原氏の衰退へとつながる。

・「宣旨升(せんじます)」を評定の公定枡とした(1072)。その後、鎌倉時代まで共通の単位として全国で広く利用された。

・家格にとらわれず、有能な中下級貴族を登用した。(大江匡房など)