15代 応神(おうじん)天皇(位270-310) – 天皇note

15代 応神(おうじん)天皇(位270-310)

15代 応神天皇(おうじんてんのう)

生没 200年~310年(享年111)
在位 270年~310年 71~111歳(在位40年)

古墳時代

・14代仲哀天皇の子、誉田別尊(ほむたわけのみこと)。母は神功皇后。

・政権の拠点を大和地方(奈良)から河内地方(大阪)へと移す。「河内王朝」とも呼ばれる。

・この頃多くの渡来人が来日した。百済の学者・王仁(わに)が『論語』をもたらす。(文字は一世紀ごろとされる)。

漢人の阿知使主(あちのおみ)(東漢氏(やまとのあやうじ)の祖)が大陸の新技術を伝えた。酒造や、養蚕(秦氏)の技術も伝わる。

・応神天皇は「八幡神(はちまんしん/やはたのかみ)」とも同一視される。

(八幡神の発祥の地である宇佐八幡宮(大分)に、3歳の子供の姿で応神天皇が現れたなどの逸話が残るため。)

八幡神はその後、戦勝の神、軍神として武家から崇敬を集めるようになる。

・応神天皇陵といわれる誉田御廟山古墳(こんだごびょうやまこふん)(大阪・羽曳野市)は国内第二位の大規模な古墳。