江戸 – ページ 3 – 天皇note

115代 桜町(さくらまち)天皇(位1736-1747)

115代 桜町(さくらまち)天皇 在1736年~

生没 1720年~1750年(享年31)
在位 1735年(16歳)~1747年(28歳)

江戸時代

・元旦生まれ。誕生したときは宮中が喜びに包まれたという。

・補佐役の右大臣一条兼香(かねよし)の日記には、桜町帝は和歌や蹴鞠を好んだとある。

・徳川幕府は8代吉宗、9代家重の時代で、世情は比較的平穏であり、朝廷と幕府の関係も円滑であった。

・先代に中断された「大嘗祭」を再び復活させた。「新嘗祭」、「七社奉幣使(しちしゃほうへいし)」など、他の儀礼も復活させた。

・和歌を好み『桜町院御集』を残しているが、天皇としての自覚を詠んだものが多い。

・31歳で病没。

 

114代 中御門(なかみかど)天皇(位1709-1735)

114代 中御門(なかみかど)天皇

生没 1701年~1737年(享年37)
在位 1709年(9歳)~1735年(35歳)

江戸時代

・9歳で即位したが、半年後に父・113代東山天皇が急死したため、祖父の112代霊元天皇が院政を行った。

・中御門天皇の治世は、徳川幕府でいうと6代家宣、7代家継、8代吉宗の時代。

・朝幕関係はすこぶる良好で、閑院宮家の創立などもすんなりと運んだ。

・8代将軍・吉宗が「享保の改革」を進め、幕府財政が改善。吉宗は有職故実(ゆうそくこじつ/朝廷の儀式や慣例の研究)にも理解があり、朝儀の再興が進む。

・112代霊元天皇の娘、吉子内親王を、江戸幕府・7代将軍・徳川家継に降嫁させることを決定。家継は早逝したため実現しなかったが、初めての降嫁は大きな決断だったといえる。

・管弦、和歌、書道、に通じ、特に笛は天下一品で、狐までも間近にきて聞き入っていたという。

・「中御門」は「待賢門」の別称から。天皇の御所が近かったため。

113代 東山(ひがしやま)天皇(位1687-1709)

113代 東山(ひがしやま)天皇

生没 1675年~1709年(享年35)
在位 1687年(13歳)~1709年(35歳)

江戸時代

・父の112代霊元天皇より譲位を受けて即位。父とは逆の穏和な性格であったという。

・父の代に続いて幕府との関係は良好で、安定した治世であった。

・財政支援を得て御料(ごりょう)(皇室領)が増え、朝儀や祭祀の再興が進んだ。

・元禄文化が花開いた時代で、5代綱吉の「生類憐みの令」や赤穂浪士の討ち入りなどがあった。

・徳川6代将軍・家宣の近臣、新井白石の提案や、関白・近衛基煕(このえもとひろ)の働きにより「閑院宮家(かんいんのみやけ)」が創設される。東山天皇の第6皇子(直仁(なおひと)親王)が入った。