118代 後桃園(ごももぞの)天皇
生没 1758年~1779年(享年22)
在位 1770年(13歳)~1779年(22歳)
江戸時代
・叔母の後桜町天皇(117代)の譲位を受けて13歳で即位。
・当時は徳川十代将軍・家治の時代で、老中・田沼意次が実権を握っていた。幕府は朝廷の経理に直接介入してくるようになる。
・後桃園天皇は22歳の若さで崩御。皇子もいなかったため、閑院宮家の119代光格天皇へ譲位された。
・日記八冊が遺されている。
118代 後桃園(ごももぞの)天皇
生没 1758年~1779年(享年22)
在位 1770年(13歳)~1779年(22歳)
江戸時代
・叔母の後桜町天皇(117代)の譲位を受けて13歳で即位。
・当時は徳川十代将軍・家治の時代で、老中・田沼意次が実権を握っていた。幕府は朝廷の経理に直接介入してくるようになる。
・後桃園天皇は22歳の若さで崩御。皇子もいなかったため、閑院宮家の119代光格天皇へ譲位された。
・日記八冊が遺されている。
117代 後桜町(ごさくらまち)天皇
生没 1740年~1813年(享年74)
在位 1762年(23歳)~1770年(32歳)
江戸時代
・119年ぶりの女帝(明正天皇(109代 位1629-1643)以来)。
・桃園天皇(116代)が若くして崩御したおり、後継者の英仁親王(118代 後桃園天皇)はまだ5歳だったため、桃園帝の姉の後桜町天皇が即位した。
・8年の在位を見事に果たす。慈悲深い人格者として知られ、天明の飢饉(1782)には被災者にりんごを配るなどした。
・文筆にすぐれ、歌道の名人としても知られる。
116代 桃園(ももぞの)天皇
生没 1741年~1762年(享年22)
在位 1747年(7歳)~1762年(22歳)
江戸時代
・115代 桜町天皇の第一皇子。7歳で即位。
・幼少期から学問を好み、特に漢学に造詣が深かった。
・国学者で神道家の竹内式部から激烈な「尊王論」(天皇を神聖なものとして敬う思想)を学んだ。
→幕府との関係が悪化するのではとの懸念が広がり、摂関家が幕府と協力して、竹内式部に圧力をかけ、排除した。(宝暦事件1758)
・22歳の若さで崩御。