23代 顕宗天皇(けんぞうてんのう)
生没 450年~487年(享年38)
在位 485年~487年 36~38歳(在位3年)
古墳時代
・17代履中天皇の孫。
・兄の億計(おけ)が皇位に付かなかったため、弟の弘計(おけ)が即位し、顕宗(けんぞう)天皇となった。
23代 顕宗天皇(けんぞうてんのう)
生没 450年~487年(享年38)
在位 485年~487年 36~38歳(在位3年)
古墳時代
・17代履中天皇の孫。
・兄の億計(おけ)が皇位に付かなかったため、弟の弘計(おけ)が即位し、顕宗(けんぞう)天皇となった。
22代 清寧天皇(せいねいてんのう)
生没 444年~484年(享年41)
在位 480年~484年 37~41歳(在位4年間)
古墳時代
・21代雄略天皇の第三皇子。雄略天皇が崩御し、即位する。
・清寧天皇は生まれながらに髪が白かったため、父の雄略天皇は特別な霊妙さを感じたという。
・遺跡名「白髪山古墳」。白髪武広国押稚日本根子天皇(しらかのたけひろ くにおしわかやまとねこのみこと)。
・民を慈しんで善政を敷いたとされる。
・父の雄略天皇が暗殺した、17代履中天皇の子、億計(おけ)・弘計(おけ)兄弟を播磨国で見つけ、たいそう喜び宮中に迎え入れ、跡継ぎにする意向を示した。(『播磨国風土記』志染の石室(しじみのいわむろ)(兵庫県・三木市))
21代 雄略天皇(ゆうりゃくてんのう)
生没 418年~479年(享年62)
在位 456年~479年 39~62歳(在位23年)
古墳時代
・19代允恭天皇の第5皇子、大泊瀬幼武尊(おおはつせ わかたけるのみこと)。
20代安康天皇の弟。
・稲荷山古墳(埼玉県)から出土した鉄剣に「獲加多支鹵大王(ワカタケルオオキミ)」とあり、雄略天皇のこととされる。辛亥年(471年)。
また江田船山古墳(熊本県)でも同様に「獲加多支鹵(ワカタケル)」大王の名前が刻まれた刀剣が出土。これらはヤマト政権の支配が広く、関東や九州にまで及んでいる証拠と見られる。
・『宋書』倭国伝の「安東(あんとう)大将軍・倭王武」とされる。
・養蚕を奨励するなど国力の充実に努めた。鉄資源を求めて朝鮮半島へも遠征。
・意にそぐわない臣下は容赦なく放逐するなど暴君としても知られる。
・『日本書紀』には葛城山の現人神(あらひとがみ)として「一言主神(ひとことぬしのかみ)」が登場。雄略天皇は一緒に狩りをした。これは葛城氏と天皇家の関係性を表すともいわれる。
・葛城山でイノシシを自ら倒した。
・『万葉集』の巻頭歌。「籠もよ み籠持ち(こもよ みこもち)・・」。若菜摘みの娘に名前を聞く(=妻問い)の歌。