平安 – ページ 8 – 天皇note

61代 朱雀(すざく)天皇(位930-946)

61代 朱雀(すざく)天皇

生没 923年~952年(享年30)
在位 930年(8歳)~946年(24歳)

平安時代

・醍醐天皇の第11皇子の寛明(ゆたあきら)親王が即位する(朱雀天皇)。

・藤原基経の子・藤原忠平(26貞信公)が摂政・関白となる。

・朱雀帝は性格が温和で、忠平との関係もよく、この間に摂関政治の基礎ができたという。

・平将門の乱(939)、藤原純友の乱(941)が起こる。(承平・天慶の乱/じょうへい・てんぎょうのらん)。

・富士山の噴火、地震などの天変地異に見舞われる。

・朱雀帝には二人の女御がいたが、どちらにも子が生まれず、15年間皇太子不在だった。

 

60代 醍醐(だいご)天皇(位897-930)

60代 醍醐(だいご)天皇

生没 885年~930年(享年46)
在位 897年(13歳)~930年(46歳)

平安時代

・臣籍降下していた源定省(宇多天皇)の第一皇子、源維城(これざね/これき)。

・父・宇多天皇の即位とともに皇族の身分を得て、敦仁(あつぎみ)親王となり皇太子に。父から譲位され13歳で即位。

・摂政・関白を置かず親政を行う。「延喜の治(えんぎのち)」と称された。

・『日本三代実録』(六国史の6番目)や、『古今和歌集』の編纂を行う。

・当初は菅原道真を重用していたが、藤原時平の讒言(ざんげん)により、道真を太宰府に左遷した(昌泰の変・しょうたいのへん・901)。

これにより再び藤原氏が権力を握ることとなった。

 

 

59代 宇多(うだ)天皇(位887-897)

59代 宇多(うだ)天皇

生没 867年~931年(享年65)
在位 887年(21歳)~897年(31歳)

平安時代

・58代 光孝天皇の第7皇子・源定省(みなもとのさだみ)。

臣籍に下っていたが、光孝天皇が病に倒れたため、急遽、親王に復されて皇太子となる。(臣籍降下から復活して皇位に付いた唯一の例)。光孝帝崩御により即位。

・藤原基経とは折り合いが悪く、阿衡の紛議(887)などで衝突。

・基経の死後、宇多帝は親政を開始。(「寛平の治」)。

菅原道真を登用し、遣唐使の廃止(894)、私営田の抑制、地方への監察官の派遣など、積極的な改革を行う。

・醍醐天皇に譲位。初の法皇(出家した上皇)となる。

・父、光孝天皇からもらった黒猫を可愛がっていたことが、宇多帝の日記、『宇多天皇御記(ぎょき)』(『寛平御記(かんぴょうぎょき)』)に記されている。