奈良 – ページ 2 – 天皇note

46代 孝謙(こうけん)天皇(位749-758)※

46代 孝謙(こうけん)天皇

生没 718年~770年(享年53)
在位 749年(32歳)~758年(41歳)

奈良時代

・聖武天皇の第一皇女、阿倍内親王(あべないしんのう)。

・初の女性皇太子である阿倍内親王が、45代聖武天皇より譲位されて即位した。

・仏教への信仰心が篤く、「東大寺・盧舎那仏 開眼供養」を行った。(752年)婆羅門僧(ばらもんそう)(インドの僧)の菩提僊那(ぼだいせんな)が大仏の目を点じた。

・政治の実権は、母の光明(こうみょう)皇太后と、その甥の藤原仲麻呂(藤原武智麻呂(南家)の次男・恵美押勝)が主導した。

・国を治める基本は「孝」であるとし、家ごとに「孝経」一巻を所蔵させた。

 

 

45代 聖武(しょうむ)天皇(位724-749)

45代 聖武(しょうむ)天皇

生没 701年~756年(享年56)
在位 724年(24歳)~749年(49歳)

奈良時代

・文武天皇の第一皇子、首(おびと)親王。

・叔母の44代元正天皇から譲位され、24歳で即位した。

・聖武天皇は母・宮子(不比等の娘)に「大夫人(だいぶにん)」の称号を与えたが、左大臣の長屋王がこれを問題視。藤原四子は長屋王に謀反の罪を着せて排斥した。→長屋王の変(729年)

・藤原四子が天然痘で没後は、橘諸兄、吉備真備などが支えた。

・恭仁京(京都)(740年)、難波宮(大阪)(744年)、紫香楽宮(滋賀)(745年)と、三度遷都を繰り返したのち、元の平城京(奈良)に戻る。

・仏教による鎮護国家を願い、諸国に国分寺を建立した。(741年)

・「大仏造立の詔(だいぶつぞうりゅうのみことのり)」(743年)。開眼供養会(752年)

・墾田永年私財法(こんでんえいねんしざいほう)(743年)を発布。新しく開墾した土地の「永久私有」を認めた。
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これが貴族や社寺による大規模な土地開発と荘園化を促進し、「公地公民制」の崩壊に繋がった。

 

44代 元正(げんしょう)天皇(位715-724)※

44代 元正(げんしょう)天皇

生没 680年~748年(享年69)
在位 715年(36歳)~724年(45歳)

奈良時代
・草壁皇子と43代元明天皇の皇女、氷高皇女(ひだかのひめみこ)。42代文武天皇の姉。

・43代元明天皇から譲位され、即位。(母から娘へ譲位。)

・引き続き、藤原不比等が政権を取る。

・「大宝律令」を改訂して「養老律令」が撰定される(718年)。

・『日本書紀』が完成(720年)。

・「百万町歩 開墾計画(ひゃくまんちょうぶ・かいこんけいかく)」(722年)を実施。人口増加のため、不足した口分田を増やそうとしたが、頓挫した。

・「三世一身法」(723年)で、三代までの墾田の私有を認め、開墾を奨めた。これが荘園の始まりにつながる。