飛鳥 – ページ 3 – 天皇note

37代 斉明(さいめい)天皇(位655-661) ※

37代 斉明天皇(さいめいてんのう)

生没 594年~661年(享年68)
在位 655年(62歳)~661年(68歳)

飛鳥時代

・35代皇極天皇が再度即位した。重祚(ちょうそ)の初めての例。

・百済救援の出陣の途中、筑紫の地で亡くなる。

・「牽牛子塚古墳(けんごしづかこふん)」は斉明天皇と、娘の間人皇女の合同墓と特定された。(2010年)

 

36代 孝徳(こうとく)天皇(位645-654) 

36代 孝徳天皇(こうとくてんのう)

生没 596年~654年(享年59)
在位 645年(50歳)~654年(59歳)

飛鳥時代
・35代皇極天皇の弟、軽皇子。

・乙巳の変(645)の後、皇極天皇は息子の中大兄皇子に皇位を譲ろうとしたが、中大兄皇子はこれを受けず。皇極天皇は弟の軽皇子に皇位を譲り、孝徳天皇となった。

・政治の実権は皇太子の中大兄皇子が握る。

・日本で初の年号「大化」が定められた。

・「改新の詔」(646年)が発表され、中央集権化を進めた。

・「冠位十九階」を制定。冠には花があしらわれた。

・難波(なにわ)に都を遷都したが、中大兄皇子が元の大和(奈良)に戻ることを奏上。孝徳天皇は一人反対し、取り残され、翌年崩御した。

 

35代 皇極(こうぎょく)天皇(位642-645) ※

35代 皇極天皇(こうぎょくてんのう)

生没 594年~661年(享年68)
在位 642年(49歳)~645年(52歳)

飛鳥時代

・34代舒明天皇の皇后である宝皇女(たからのひめみこ)が即位し、皇極天皇となる。

・蘇我蝦夷の子、蘇我入鹿が実権を握り、専横の限りを尽くした。

・皇極天皇の皇子である中大兄皇子と、中臣鎌足が蘇我入鹿を討つ。(「乙巳の変」645年)。これにより蘇我氏本宗家が滅亡した。

その後「大化の改新(中央集権化)」が進む。