鎌倉 – ページ 5 – 天皇note

83代 土御門(つちみかど)天皇(位1198-1210)

83代 土御門(つちみかど)天皇

生没 1195年~1231年(享年37)
在位 1198年(4歳)~1210年(16歳)

鎌倉時代

・82代後鳥羽天皇の第一皇子、為仁親王。

・源通親(みちちか)の画策で、後鳥羽帝より譲位され即位。

・鎌倉幕府では初代源頼朝、2代目頼家が相次いで亡くなり、3代実朝が将軍となる。

・穏やかな性格で、政治にはあまり関わらなかったとされる。

・「承久の乱」(1221)にも関わらなかったため、幕府の追求は受けなかったが、自ら望んで土佐に流された。その後阿波に移り、土佐院、阿波院と呼ばれる。

・一節には、日蓮宗の開祖・日蓮は土御門天皇の皇胤(天皇の血統)だといわれている。

80 高倉
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82後鳥羽           〇   81 安徳
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————————        86 後堀河
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84 順徳 83 土御門        87   四条
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85 仲恭     88 後嵯峨

(※後鳥羽の院政)

 

 

82代 後鳥羽(ごとば)天皇(位1183-1198)

82代 後鳥羽(ごとば)天皇

生没 1180年~1239年(享年60)
在位 1183年(4歳)~1198年(19歳)

平安・鎌倉時代

・80代高倉天皇の第四皇子、尊成(たかひら)親王。

・兄・81代安徳天皇が平氏とともに都落ちしたため、後白河法皇の院宣により、三種の神器のないまま異例の即位。

・鎌倉幕府が開かれ、鎌倉時代が始まる。(1185)

・身辺警護の「西面の武士」を設け、軍事力を強化。(1200)

・和歌に優れ『新古今和歌集』を編纂。藤原定家らを選者に任命。隠岐に流されたあとも追加・削除を行なった。

・後鳥羽帝は菊を好み、刀剣や衣服を菊で飾った。これが皇室の「菊花紋(きくかもん/きっかもん)」の起源となる。

・後鳥羽上皇は、83土御門、84順徳、85仲恭の三代に渡り、23年間院政を行う。

・鎌倉幕府3代将軍・源実朝とも和歌を通じて交流していたが、実朝が暗殺されると幕府との関係は急速に悪化。

・鎌倉幕府打倒の兵を起こしたが、北条政子率いる幕府軍に敗れ、隠岐に流される(「承久の乱」1221)

 

80 高倉
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82 後鳥羽            〇   81 安徳
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————————        86 後堀河
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84 順徳 83 土御門        87   四条
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85 仲恭     88 後嵯峨

(※後鳥羽の院政)